阪神・狩野 一問一答「つらい時期が長かったですけど、それを超える楽しいこともあったので。幸せな17年間だったと思います」甲子園球場は「世界一ですね。その言葉以外ないですね」

阪神の選手会長・狩野恵輔外野手(34)が18日、今季限りでの引退を発表し、西宮市内の球団事務所で引退会見を行った。

会見の主な一問一答は次の通り。

狩野「本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。私、狩野恵輔は今季シーズンをもって、引退を決意したことを報告させていただきます」

-改めて、引退を表明した後の気持ちは。

「今は、スッキリしています」

-スッキリする前は、いろんな葛藤があったと思います。

「決める前まではいろんな葛藤がありましたけど、決めてから思い切って野球もできていると思います」

-引退を決めた一番の要因は。

「自分の実力というか、そういうのがだいぶ落ちてきたなというのがあって。その時に、そろそろ引き際かなと思いました」

-それはいつ頃か。

「今年のシーズンが入る前に覚悟を決めて、1年間1軍の戦力としてできるようにと思ってやったんですけど。開幕してすぐファームにいきまして、そこから上がらなかったので。だんだん、自分でダメなのかなと思いました」

-開幕時、その決意は自分の中だけだったのか。

「決意は自分の中だけですね」

-引退の文字が大きくなってきたのは。

「7月の終わりですね。8月の頭というか。その時に引退しようかな、という気持ちになりました」

-その後、1軍戦への出場機会もあった。

「(引退は)少し固まりつつあったんですけど。そこで(活躍)できれば、まだできるのかなという気持ちもありました。結果、3打席立って凡退…ヒットを打てなかったですし。最後、三振した時にもう無理かなという気持ちになりました」

-引退を初めて伝えた人は。

「最初は、自分の嫁ですね。何回もクビになりそうなことがあったので、そのうちの1回といいますか。そんな感じだったと思うんですけど、僕の中で今年の引退に限っていえば、『引退しようかな』じゃなくて、『引退する』という決意を嫁さんに話しました」

-奥様からはどのような言葉があったか。

「『お疲れさま』と一言もらいました」

-奥様はホッとした様子だったか。

「奥さんより子供の方が泣いてましたし、その時にウルっときましたけどね」

-お子さんには、どのように伝えたか。

「しっかり、あるがままじゃないですけど。『実力がないから辞める』ということですね。『嫌だ』と言われましたけど、『それはしょうがない』と。自分が決めたことだし、『辞めるから』と説得したというか」

-ファンの方も「嫌だ」と言うと思います。34歳、もう一チャンスあったのでは。

「自分で、できないと思った瞬間がきてしまったので。応援してくださったファンの方には申し訳ないですけど、自分の意志を最後は尊重しました」

-金本監督には、いつ相談したか。

「僕がファームに落ちた(9月4日)後に広島3連戦があったんですけど、3連戦が終わった夜に電話をしました」

-どんな言葉をもらったか。

「『お疲れさま。また、時間があったら飯でも行こうか』と言われました」

-タイガースにいた17年間、どんな思い出があるか。

「思い出はいろいろありますけど、普段のみんなとの会話だったり、コーチとの会話だったり。そんなことが楽しかったですね」

-プロ初安打がプロ初のサヨナラ打(07年4月20日・巨人戦)になった試合が印象的。

「あのシーンは僕の実家にも飾ってありますし、印象に残るシーンではありますけど。他にも少ないヒットの中で思い出に残る一本だったり、キャッチャーの方でもありますし。これというのは難しいですけど、サヨナラが自分の中でも大切な思い出ですね」

-その翌日はプロ初ホームラン。

「手応えはありますし、あの時は出来過ぎだったんじゃないかと今でも思います」

-波瀾万丈な野球人生だった。

「なかなか普通の野球選手じゃ経験できないことをやってきたので、それは自分の財産というか経験だと思います。これからも胸に刻んでいきたいです」

-故障して、育成選手も味わった。つらい時期が長かった。

「つらい時期が長かったですけど、それを超える楽しいこともあったので。幸せな17年間だったと思います」

-一番、支えになったものとは。

「仲間とか、家族とか。僕の周りで支えてくれている方々に、支えられたと思います」

-不屈の精神で復活した。

「野球が好きで、野球しかできなかったので。それができたというか。そういう風に復活と言われますけど、自分の中では大好きな野球をやってきた、というだけですね」

-大好きな野球を嫌になった時期は。

「ケガをしていた時期は、嫌になったというかしんどいなと思いましたけど。好きな野球なので我慢できました」

-甲子園球場はどんなところか。

「世界一ですね。その言葉以外ないですね」

-ファンの声援がすごい。

「それで僕は助けられましたし、ファンに人に助けられたというのを感じてますし。チームメートもそうですけど、いろんな先輩がいますけど、これだけ阪神で愛された人間はいないんじゃないかと思います(涙を浮かべ、言葉を詰まらせる)」

-選手会長も務めた。

「僕が支えられました。支えられて、17年間できたのは僕の誇りです」

-今、頭の中に浮かんでいるのは。

「みんなで喜んだのが印象ですね」

-昨年は代打の神様として活躍した。

「打席に立つのがすごく楽しかったです。後押ししかないですね。ヤジも、僕に対する応援だと思って受けていたので。本当に全部後押しされました」

-群馬県出身で関西にやって来た。

「関西の方は温かくて、すごい支えられたというか。関西が好きになりましたね」

-今後は。

「ちょっとまだ決意したばかりなので、まだあまり考えていないんですけど。これから家族と話していきたいと思います。(家族には)本当に『ありがとう』という一言ですね。今度は、子供たちの夢をサポートしていきたいです」

-ファンへのメッセージ。

「17年間、そんなに成績を残した選手ではないですけど、(涙を浮かべ)最後の最後まで応援いただいてありがとうございました」

狩野は会見後の囲み取材で次の言葉を加えた。

-どんな涙だったのか。

「うれし涙ですね。安藤さんより耐えられたと思います。(引退会見の前に)安藤さんも『泣かない』と言っていて、僕も『泣かない』と思っていたんですけど」

-背番号99への思いは。

「99になって試合に出始めたので、思い入れは強いですね」

-後輩に伝えたことは。

「『諦めるな』と。僕から言えることはそれだけですね」

https://www.daily.co.jp/tigers/2017/09/18/0010564970.shtml