阪神・金本監督、安藤の引退試合について「しっかり点をとってやって。できれば1イニングね。1人じゃなしにね」とファンの前で存分に投げてもらうプランを明かした

阪神・安藤優也投手(39)が15日、西宮市内のホテルで引退会見を開いた。主力として2003、05年と2度のリーグ優勝に貢献。手が届かなかった1985年以来となる悲願の日本一を、後輩たちに託した。引退試合は天候の関係で流動的だが、甲子園最終戦が濃厚。金本知憲監督(49)は1イニングを任せる考えを明かした。

「私、安藤優也は今季限りを持ちまして、現役を引退することを決意いたしました」。会見冒頭のあいさつで、すでに声は震えていた。言葉に詰まり、涙がこぼれた。万感の思いを込めて、メッセージを残した。

「セ・リーグ優勝は2回、経験させてもらいましたけど、日本一という目標は成し遂げられなかった。後輩たちには、ぜひ日本一になってもらいたいなと思います」

トヨタ自動車から2002年ドラフト自由枠で阪神入団。制球力とタフネスを武器に翌03年には星野監督のもとリリーフとして51試合に登板し、18年ぶりのリーグ制覇に貢献。05年には岡田監督のもと先発として24試合に登板して11勝(5敗)を挙げ、2度目のリーグVを経験した。

「優勝してからしか味わえない感動というか、優勝して…(言葉に詰まる)。2回、優勝の経験があったから、ここまでこられた。後輩たちには優勝を味わってもらって、強いタイガースを築いていってほしい」

頂上を極めたからこそもう一度、そこに立ちたいという強烈なモチベーションがあった。安藤が去れば、2度の優勝を知るのは狩野だけとなる。それだけに、後輩たちにはリーグ制覇を経験し、自らがなしえなかった日本一を期待した。

12月27日には40歳。引退を決意した理由は、衰えゆく体力と伸びゆく新鮮力の存在だった。「思うようなボールが投げられず、今年は一度も1軍に上がれなかった。1軍を見ていても若い投手が投げていて、僕の力は必要ない、ここが引き際だな…と」。9月12日に決断して、球団に連絡。現役時代から親交の厚い金本監督にも報告した。

指揮官からは『もう限界やな』と冗談っぽくねぎらわれ『限界です』とこちらも冗談っぽくかえした。引退試合は未定。天候の関係で日程が変わる可能性が高いが、いずれにせよ本拠地最終戦を中心に調整される見通しだ。金本監督は「しっかり点をとってやって。できれば1イニングね。1人じゃなしにね」とファンの前で存分に投げてもらうプランを明かした。

16年間は山あり谷ありだった。04年はアテネ五輪日本代表として銅メダルを獲得。08年からは3年連続で開幕投手を務めた。11年には右肩を痛めて成績が下降。だが、いつも苦しい思いを復活のエネルギーに変えて、マウンドに戻ってきた。

「苦しいときもありましたけど、なんとかその時間を乗り越えて、ひと言ではあらわせないというか、いろいろなことがあった…16年間でした」

涙があふれ、左手とユニホームで何度もぬぐった。それでも「ほぼ悔いのない現役生活」とキッパリ。引退後の活動も未定。背番号「16」の雄姿を最後まで見届けたい。 (西垣戸理大)

阪神・坂井オーナー「安藤君、タイガース一筋16年間、本当にお疲れさまでした。2003年、05年には大車輪の活躍をされたことを、きのうのことのように思い出します。いつまでもその雄姿を忘れません。ありがとうございました」

阪神・掛布2軍監督「今年は安芸キャンプでも若手のお手本になってやってくれた。本当に影響力がある選手。お疲れさまという言葉しかない」

安藤と16年間ともにプレーした阪神・狩野「バッテリーとしてたくさんのことを教えてもらった。第二の人生も安藤さんらしく歩んでいってほしいです」

http://www.sanspo.com/baseball/news/20170916/tig17091605040011-n1.html