阪神・大山「打順というよりも…」白鴎大時代の黒宮寿幸監督「日本代表の4番から帰ってきても、威張ったような感じがまったくなかったんですよ。『お前、本当に4番だったのか?』という感じで」

(セ・リーグ、阪神5-3中日、21回戦、阪神13勝8敗、1日、甲子園)「4番・大山」-。スタメン発表と同時に甲子園が揺れた。金本監督の英断と、やはり冷静な表情でバットを構えるドラ1。想像を絶する重圧に押しつぶされることなく、堂々と、いつものように仕事を遂行した。

 「思いきってやった結果だと思います」

虎の101代4番。最も持ち味を発揮したといえるのが1点を追う八回一死走者なし。又吉に2球で追い込まれながら、際どい球を見極めて四球。中谷の逆転2ランを呼び込んだ。

0-0の三回二死一、二塁では笠原に対し、3ボールからカットボールを左翼線へ先制の二塁打。「みんながつないでくれた打席だったので、ランナーをかえすことを考えて、積極的に打ちにいきました。先制点をとることができてよかったです」。白鴎大時代に関甲新学生リーグで切磋琢磨した左腕から、頼もしい一打を放った。

8月は打率・313、2本塁打、14打点。途中加入したロジャースの居場所を奪う活躍だ。この日の抜てき理由について指揮官は「本来なら中谷4番もあったんだけど」と前置きし「新人だから(荷が重い)というのは僕はまったくなかった」と固定概念を取り払い、状態を最優先したことを説明した。「片岡(打撃)コーチが勇気をもってきたから、こっちも勇気をもたないと」と、迷いはなかった。

大山は白鴎大時代の大学日本代表でも4番を務めた。恩師である黒宮寿幸監督は当時の様子について、こう振り返る。

「日本代表の4番から帰ってきても、威張ったような感じがまったくなかったんですよ。『お前、本当に4番だったのか?』という感じで」

日頃から大山は「打順というよりも…」と前置きする。自分を見失わないことには慣れていた。

「チームが勝ったのが一番です。それに貢献できてよかったです」

虎の歴史をひもとくと新人の1年目4番は1964年の富恵一以来53年ぶり。ン、64年!? 藤本定義監督の下、リーグ優勝に輝いているではないか。まさに吉兆。奇跡の逆転Vを運んでくれる予感がプンプンしてきたぞ!! (阿部祐亮)

大山について阪神・片岡打撃コーチ「最近の練習で一番、振れている。打席でも初めての4番という姿ではなかった。ルーキーとは思えない思い切りのよさ。(八回に)あの四球を取れるのは、ボールが見えている証拠」

http://www.sanspo.com/baseball/news/20170902/tig17090205040014-n1.html